お祝い電報の歴史 2

何かお祝いごとなどがあると贈る、便利なお祝い電報


その電信の歴史についてです。


維新後、封建的身分制度の崩壊、秩禄処分、地租改正、新貨幣制度の樹立など、一連の政策によって、旧幕府封建制度の基礎を根底から崩壊させるとともに、原始的資本地区製を行うに至りました。


こうして政府はみずからも交通通信機関を興し、鉱山を開発し、あるいはまた諸種工業を設立・経営し、さらには会社制度の移植による私企業に特殊な保護育成をも加えたのです。


このような改新政策は、非常な速度で進展していきます。


しかし、明治13年に行われた財政緊縮方針を転機として、政府みずからの経営になる諸事業も、軍事上その他国策的見地から政府の手に確保する必要のあるものの以外は、徐々に民間に払い下げるに至りました。


23年、憲法発布のころには、日本経済は一応近代的組織を整え、ほぼ資本主義国家の体制を備えるに至ります。


そして日清戦争直前のころの諸産業は、政府の保護育成の手を離れ、本源的資本蓄積の過程を一応終えていたのです。

« お祝い電報の歴史 | メイン | お祝い電報の歴史 3 »

About

ひとつ前の投稿は「お祝い電報の歴史」です。

次の投稿は「お祝い電報の歴史 3」です。

他にも多くのエントリがあります。メインページアーカイブページも見てください。

管理人のお気に入り

なし