お祝い電報の歴史 4
お祝い電報の歴史について。
このようなスピード建設の完成も、政府が国策事業として経済性を無視し強力な国家権力をもってこの推進に処したことにありました。
もし社会的要請に基くものであるならば、果してこのような結果が得られたでしょうか。
大いに疑問とするところです。
従って、強行策なるが故に各地に多数の軋礫を生んでいます。
建設の際における土地の収用、踏荒した土地の補償問題などに端を発し、建設反対への気運は当初非常な勢いでつのっていったのです。
4年9月、山陽道線測量に際して起った、広島県下の暴動事件、9年の熊本神風連による電信局襲撃事件の蜂起などがそれです。
以上は史料の伝える主な事件であって、電信をめぐる騒じょうはその他に大なり小なり各地に頻発したのです。